龍ヶ崎カントリー倶楽部 10番ホール

龍ヶ崎カントリー俱楽部で開催を予定していた2014年度(第47回)日本女子オープンゴルフ選手権が、急きょ琵琶湖カントリー倶楽部に変更になったことを知っている人は多いと思う。
巷に流布される話は様々だが、私の場合、正確な全ての経緯を知ってはいる。しかし、敢えて此処にクダクダと述べる必要はないだろう。何故なら、それは、もう過去のことだからだ。

さて、その経緯に至った「問題のホール」が、この10番ミドルホール。龍ヶ崎カントリー倶楽部が日本全国に誇るべきホールの一つであり、龍ヶ崎カントリー俱楽部を名コースたらしめているホールの一つでもある。
設計者である井上先生の、このホールを語るに「ティーショットはドローで攻め、2ndショットはフェードで攻める以外に、このホールを攻略する術は無い」と言ったことでも明らかなように、左サイドの丘状になった林と、矢張り右サイドの丘状になった林を縫うようにS字状にカーブしたフェアウェイが、強烈なアンジュレーションを持つ砲台グリーンへと続いていく。最大の特徴は「バンカーが一つも無いホール」にも関わらず、非常に難易度が高いという点だ。
そもそも龍ヶ崎カントリー俱楽部には120個ものバンカーが配置されているが、この10番ホールには一つも無い。
言い添えれば、120個というバンカー数は多い個数だが、17H中に120個が存在するわけだから、龍ヶ崎カントリー俱楽部が如何に「巧みにバンカーが配されたコース」であるかが伺える。

2017/ 2/15  9:35
2017/ 2/15 9:35

さてさて10番ホール。このホールの特徴を述べるに、メイングリーン(Oグリーン=右グリーン)の攻略を語らずにはおけない。
フルバック(黒ティ=419Y)から、グリーン中央より150Y地点までの距離は265Y。ティショットは、だいぶ打ち下ろしていくホールなので感覚的には250Yを打てば、ピンまで150Yの地点を確保できる。この地点を確保すれば、グリーン方向は概ねクリア。
つまり、2ndを打つ距離を150Y以下に出来れば、バーディを狙うことも充分に可能なホールになるということ。
また、ピンまで100Yの地点では、樹木はおろかバンカーさえ介在しないオールクリアのロケーションが眼前に展開する。
ここでの問題は、やや右に傾いた高めの砲台グリーンに打ち上げていかなければならないプレッシャーや、傾斜が強く複雑なアンジュレーションを持つグリーン面に穿たれたカップを狙い易いボールポジションの確保に悩まされるなどの点が挙げられる。
ピンポジションは総じて右端が難しく、特に右奥一杯にピンが切られたときには、まるで将棋の穴熊戦法を彷彿させる難攻の光景が写し出されるが、10番グリーンと8番ホールを隔てている樹木の枝葉模様が、このピンポジションであるときのグリーンの景観を美しくも彩ってくれている。ここは7番Hグリーン左奥のピン位置と併せて、龍ヶ崎カントリー俱楽部のパワースポットでもある。
じつを言うとコースが造られる前、この10番Hグリーン奥=11番Hフルバックティ左=7番Hサブグリーン右=8番Hティグランド右の場所には、古くからの街道に面した稲荷神社があった。コースが造られたとき10番Hティグランド後方に御移転いただいたが、そもそもが神域であった地帯であったことにも由来しているかもしれない。この地帯には少々ならずとも清浄な空気の流れを感じ取れる。
余談だが龍ヶ崎カントリー俱楽部に訪れた折には、ぜひ、10番ティグランド後方に御鎮座される稲荷神社への御参拝を御薦めしたい。

2017/ 2/15  9:49
2017/ 2/15 9:49

さて、この10番ホール左サイドの樹木群は度々であるが、いわゆる「空中ハザード」だとする向きがある。
しかし私は、斯様には微塵も思ってはいない。
何故なら、ティショットに於ける10番ホール左サイドに林立する樹木の殆どは、プレーヤーのレベルに応じたクロス(交差)したハザードに近い性質を持っているからだ。それは、ティグランドからはクロスバンカー然りのハザードだと言えて、勇気を持って越えていくを狙うべきハザードだと言える。
もし、クロスバンカー(越えていくべきバンカー)をアンフェアなハザードだと言うのなら、確かに龍ヶ崎カントリー俱楽部10番ホールの樹木はアンフェア極まりない障害物だと言える。しかし、だとすれば、如何なるコースの如何なるホール内に介在しているハザードは全て、そのコース内に在ってはならないものとなってしまう。
また、設計者である井上先生が、年月を経ることに因る樹木の生長度合いを考慮していなかったのではないか? という向きもあるが、それこそ愚問の最たるものではないかと考える。井上先生の叡智をナメて貰っては困るのだ。少し論点がズレるかもしれないが、開場当時から道具の進化著しい昨今、特にボールの進化は「コースの短尺化」にさえ繋がっている現在である。これを以ってしても、愚問であることを認められないなどとは言わせない。

2017/ 2/15  9:35
2017/ 2/15 9:35

龍ヶ崎カントリー俱楽部10番ホールのフルバックティからメイングリーン中央を直線で結んだとき、実際には400Yに満たない距離であることを知るだろう。しかもティショットが打ち下ろしのホールである。決して長いホールではないのだ。
また前述した通り、フルバックティからでも260Yを打てれば、左サイドの樹木の殆どは越えることが出来るし、それがフロントティともなれば210Yのキャリーボールをさえ放てば、左サイドに林立する全ての樹木を越えることも出来る。

問題は、自分が「どのあたりを越すことが出来るのか」という判断力と、眼前に迫る樹木群を前にして、自分のベストスイングを行うことが出来なくなってしまう点。すなわち、龍ヶ崎カントリー俱楽部10番ホール左サイドの林は、空中ハザードなどでは決してなく、じつは『メンタルハザード』の性質を持った樹木群なのである。

 

 

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龍ヶ崎カントリー倶楽部のスターティングホール

①ロケーション
ティグランドからグリーンに向かい南西方向へと微妙に高低差を下げていく1番ホールは殆ど真っすぐなホールである。
IPポイントに近づくにつれ左の林が少しづつフェアウェイへと張り出し、右サイドは右の林に少し隠れるようなダブルバンカーが配置されていて、樹高の高い左右の林に挟まれたフェアウェイエリアを狭く感じさせている。だが、そのロケーションから受ける圧迫感とは裏腹に、このホールのフェアウェイはスターティングホールに相応しく比較的広目の造りとなっている。

②ティーショット
2nd地点に於ける左サイドの基点となる最もフェアウェイ側に迫り出した松はフルバックティから凡そ250y。また、右サイドの基点となる右バンカー先端を越える為に必要な距離は凡そ260y。故にティショットに最適となる球筋は『ドローボール』だ。右バンカー左サイドからフェアウェイ中央付近へと入り込むドローボールを打つことで最適ポジションを得易くなる。2ndでグリーンを狙う最適なポジションは、上記に述べた左サイドの基点となっている松樹を越えたフェアウェイ中央ないし、やや左サイド。

捕捉すれば、この地点までドライバーで打つことが出来るティマークを選択してプレーすることが、龍ヶ崎カントリー倶楽部の面白さを満喫する為の必須条件だと言える。目安としては、ドライバーで260y以上の飛距離を持つ者ならフルバック(黒ティ)を、240y以上の飛距離ならバックティ(青ティ)を、220yくらいならフロントティ(白ティ)を、そして190y以下の飛距離ならばゴールドティを選択すべきで、それ以外のティグラウンドを選択してプレーした場合、ティショットの難易度が著しく低下する為、龍ヶ崎カントリー倶楽部18ホールズの持つ本来の面白さを感じ取ることは出来ない。

③2ndショット
2nd地点からメイングリーンを望むと、メイングリーン手前の右サイドにもダブルバンカーが配置されていることが分かる。このダブルバンカーはメイングリーン攻略に於けるボギールートの難易度を上げる為に配置されていることは明白で、それは花道がグリーンの向かって右前方に存在するからであり、グリーンの傾斜も右手前へと全体に流れているからでもある。
可成り強い受けグリーンでもある全体に右傾斜を持つメイングリーンでピンに対して最良のポジションを得るためには、2ndショットにも『ドローボール』が要求される。
即ち、このホール攻略に於ける要点は、洗練されたドローボールを積み重ねることにある。但し、サブグリーンのとき、手前であれ奥であれピンが右サイドに切られている場合のみ、このホールに『フェードボール』が好ましいという場面が登場する。

④グリーン周り
グリーン周りの攻略ポイントは、どちらのグリーンに於いても、双方のグリーン左サイドに配置されているバンカーに入れてはイケないという点である。が、しかし、メイングリーンの左奥にピンが切ってある場合と、サブグリーンでは右奥方向にかけてピンが切ってある場合のみ、その限りではない。また、砲台グリーンでは無いにも関わらず如何なるシチュエーションに於いても、グリーン奥からのアプローチはノーチャンスと心得るべし。

⑤パッティング
双方のグリーン共に、どの位置にピンが切られていようとも、絶対にピンよりも手前に乗せる必要があると断言できるほど奥から手前に向かっての傾斜が強い。メイングリーンではピンの右手前、サブグリーンではピンが右なら左手前でピンが左なら右手前からの、ファーストパットを求めるべきが定石である。

獲ようと欲すれば取りこぼす。。。このグリーンでは、高慢ちきな人間は3パット以上の憂き目に遭い、謙虚である人間にこそ福音が与えられることを決して忘れてはならない。龍ヶ崎カントリー倶楽部の1番ホールは、言うならば、謙虚さを確りと備えた人間性を求めてくるホールだと言えるだろう。

 

 

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龍ヶ崎カントリー倶楽部のホール構成

龍ヶ崎カントリー倶楽部は、OUTおよびINの各9ホールで構成されている18ホールズのゴルフコースである。
OUT&INともにミドルホールでスタートしミドルホールで終了するという構成となっていて、各ホールに2つのグリーンを擁し、現在は「Oグリーン」「Cグリーン」と称されている。
また各々のホールは変化に富み、似通ったホールは一つとして存在しない。無論、ブラインドホールも存在しない。即ち龍ヶ崎カントリー倶楽部は、すべてのホールに於いて、それぞれのティーグラウンドからそれぞれのグリーンの眺望が可能なゴルフコースである。
上記これらの要素も、龍ヶ崎カントリー倶楽部のホール構成の完成度の高さを物語っている。

現代の龍ヶ崎カントリー倶楽部は、Cグリーンの全長が6773yと表示上では短めに感じるかもしれない。しかし、実際にラウンドしてみると不思議なタフさに驚かされる。メインであるOグリーンの全長は7047yだが、体感的には7200yクラスのタフさを持っている。かつて私が在籍した頃のOグリーンの全長は7020yほどだったが、やはり確りとタフだった。
距離の変更は、1992年に開催された日本オープンで、多くのプロがロングホールでの2オンに成功したことに由来している。龍ヶ崎カントリー倶楽部は、比較的ロングホールが短いのだ。しかし、これを良しとしなかった方々が、2番ロングホールと17番ロングホールのフルバックティーを後方に伸ばした。殊に2番ロングのティーグラウンドは大きく後方に伸ばしてしまい、これが龍ヶ崎カントリー倶楽部のホール構成に問題を生んだと私は考えている。

そもそもの龍ヶ崎カントリー倶楽部は、Oグリーンでプレーする場合にはINコースのほうが長く、Cグリーンでプレーする場合にはOUTコースのほうが長いという特長を持っていて、それはフルバックからフロントまでどのティーグラウンドからプレーするに於いても変わることは無かった。この特長は、設計者である井上誠一先生のコース設計の妙だったと考えるが、1992年の日本オープン開催後のフルバックティー増設で、この ‟妙” が失われてしまった。なぜ井上先生は、Oグリーンでプレーする場合とCグリーンでプレーする場合とに、このような ‟妙” を設けたのか? それは、ホール設計およびホール構成に於ける大切なコンセプトの一つだったと考えられる。これほどまでに考え抜かれて創られたコースが他にあるのか。。。龍ヶ崎カントリー倶楽部が内側から輝きを放つ理由、然りである。
その優れた設計者の芸術的とも言える設計コンセプトに手を入れた。
現在の7047yは、OUT=3529y IN=3518y Oグリーンのフルバックティのみは、OUTが長くINが短い。ホール構成に於ける井上先生の珠玉のコンセプトが逆転してしまっている。

龍ヶ崎カントリー倶楽部は2グリーンを擁するが故か、何万回ラウンドしても飽きの来ないホール構成を持っている。名匠・井上誠一先生の心の籠った逸品であることに疑いは無い。

 

 

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龍ヶ崎カントリー倶楽部

最も好きなゴルフ場を挙げろと言われれば、私は、まっさきに茨城県南地域に在する『龍ヶ崎カントリー倶楽部』を挙げてしまう。龍ヶ崎カントリー倶楽部は、昭和33年11月に開場した巨匠・井上誠一が設計のゴルフ場。私がプロゴルファーになるための修行を積んだゴルフ場でもある。高校を卒業してアシスタントプロとして龍ヶ崎カントリー倶楽部に入社し、日々のキャディ業務を熟すなか「プロ養成研修会」に入会。そしてその翌年、PGAプロテストに合格した。
私は、この地からプロゴルファー人生のスタートをきったのだ。

龍ヶ崎カントリー倶楽部は、当時としては比類すべきを持たない大変難易度の高いゴルフ場だった。
そこでの修行に明け暮れていた私は、試合等で他のゴルフ場でプレーする際、そこが如何なる難しいコースレイアウトを持ったゴルフ場であっても、決して臆することなくプレーに集中できた。
龍ヶ崎カントリー倶楽部で修行している身に、一種の自負があったことを認めないわけにはいかない。私にとって龍ヶ崎カントリー倶楽部での練習の日々は、それ自体が矜持とも言えたのだ。

無論、現在でも龍ヶ崎カントリー倶楽部の難易度は高い。
それぞれにタイトな18ホールには、120個ものバンカーが配置されていて、一般営業のなかにあっても、ティーショットのみならず全てのショットに確りとしたコース戦略を求められる。
深いバンカー群に守護されたグリーンは非常に複雑な傾斜を持ち、それが11フィート以上の速度を備えたときには、如何なる名選手のアタックをも撥ね退ける難攻不落の要塞と化すだろう。
もしも、龍ヶ崎カントリー倶楽部の隅々までを知り尽くしている人間がコースセッティングを任されたなかでプロのトーナメントが開催されれば、世界中のツアープレーヤー達を恐れ慄かせるに充分な難易度を顕現させられると断言できる。
難しくしようと思えば、いくらでも難しくすることが可能な高いクオリティを持ったゴルフ場と言うところが、龍ヶ崎カントリー倶楽部の龍ヶ崎カントリー倶楽部たる所以だ。

特徴としての龍ヶ崎カントリー倶楽部は、松の巨木にセパレートされた美しい林間コースだ。谷間から這うように昇る稜線の波に林立する松が自然の芸術を映し出す。また、林の陰影に木霊する打球音が耳に心地好いゴルフコースでもある。
土地柄としては極めて平坦な地にあるが、複雑に谷間の入り組んだ地形にレイアウトされている龍ヶ崎カントリー倶楽部は、その複雑極まりない地形にあっても、14ものフェアウェイ(ショートホールを除くため)は全てフラットである。どうして、このようなレイアウトが創り得たのだろうか。私は昔から、井上誠一先生のコース設計に於けるイマジネーションの素晴らしさを感じずにはいられなかった。。。

そんな私がプロツアーに挑戦し始めてから5年後、25歳の折、私は龍ヶ崎カントリー倶楽部から「そろそろ結婚もするのだしツアー参戦を主体とするツアープロではなくクラブプロとしてゴルフ場で働いてくれないか」と強く薦められた。しかし、どうしても夢を諦められなかった私は、龍ヶ崎カントリー倶楽部を退社して、新しい家族と共に大海に小舟を漕ぎ出す海路を選択した。
その4年後、私は日本プロゴルフ選手権に優勝するを得たのである。

まぎれもなく、龍ヶ崎カントリー倶楽部は、プロゴルファー・合田洋を育ててくれたゴルフ場である。

 

 

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きみさらずゴルフリンクス

1992年に開場された日本で最初にピート・ダイが設計したコースだと聞く。私も多くのピート・ダイ設計のコースをラウンドしたが、このコースには少し特別な印象を持った。一言で表現すれば、「天空にレイアウトされたゴルフ場」であると。

 

2015/10/10 14:42

※5番ミドルホール(385Y)=10番ロングホールのグリーンと併せて、天空に浮かぶグリーンと称して憚りはない。レイアウト的難易度は然ほど高くはないが、難攻不落のグリーンアンデュレーションには手こずるはずだ。

2015/10/10 14:05

※3番ロングホール(548Y)=左にドッグレッグした難易度と距離にバランスの取れたロングホール。ティーショットのロケーションも見事だが、2nd地点からグリーンを望む印象は正に「天空に浮かぶフェアウェイ」だと言える。

2015/10/10 16:07

2015/10/10 16:05

※18番ミドルホール(上・363Y)・9番ミドルホール(下・433Y)=グリーン後方に連なる台座が、当時のピート・ダイ設計コースに見られるスタジアム型ゴルフ場の特長である。ギャラリースタンドを建設しなくとも観覧が容易であるように作られている。つまり「きみさらずゴルフリンクス」はトーナメント開催を視野に入れて作られたゴルフ場だということ。

2015/10/10 12:08

※17番ショートホール(183Y)=今やピート・ダイ設計コースの代名詞とも言えるアイランドグリーンのショートホール。1992年開場当時、その話題は日本中を駆け巡った。

2015/10/10 14:54

※6番ショートホール(161Y)=距離の短さを視覚で測ることが困難なショートホール。このコースのラウンドのなかで必ずと言ってよいほど印象深いホールになる。

 

全長6833Yとやや短めのコースだが、そのホール・バイ・ホールはそれぞれに個性を持った大変印象深いコースである。だが一般営業下では、その短い全長から決して難しいコースではないだろう。とくに、4番ミドルホール(355Y)と12番ミドルホール(359Y)および18番ミドルホール(363Y)は、比較的楽なホールだと言えるのではなかろうか。その理由は、「きみさらずゴルフリンクス」の “難しさの本質” が、じつはコースレイアウトにあるわけではないからだ。

「きみさらずゴルフリンクス」に見られる “難しさの本質” は、じつは、御し難いとしか申しようのないグリーンアンデュレーションにある。フェアウェイを確りと絞りこみ、ラフを50ミリに、グリーン周りのラフを相当短く刈り込みつつ、グリーンコンパクションはやや硬め程度でも構わないが、11フィート以上の高速グリーンに仕上げたとすれば・・・ピンの位置によっては世界に名だたる名プレーヤーであっても、パーで上がることさえ難儀なホールの連続となること請合いだ。ひとつひとつのホールが天空に座す難攻不落の要塞に変貌を遂げるだろう。

完璧なポジショニングを要求してくるゴルフ場。ターゲットゴルフの粋たるゴルフ場が、この「きみさらずゴルフリンクス」である。

 

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霞ヶ浦国際ゴルフコース

茨城県つくば市に在している霞ヶ浦国際ゴルフコースは、1960年に開場したパブリックコース。常磐高速を北上し、つくばJCTを過ぎると左手に13番ホールからの飛球を防止する程高い防球ネットが見えてくる。東京から比較的通い易い立地だ。

このコースは若い頃の私も、プロゴルファーになるための「茨城県アシスタントプロ研修会」で研鑽を積んだゴルフ場のひとつであると同時に、茨城県南部に多くの名ゴルファーを培ったコースでもある。名門コースの趣きを醸し出しているもののパブリックというコースの性質上、手軽にプレーが出来るというのも魅力だろう。

 

2015/ 9/30 14:24

※6番ロングホール(520y)=一見古風なレイアウトだが、ティーショットから「攻め」と「守り」の選択を迫られる。美しいホールロケーションと併せて、霞ヶ浦国際ゴルフコースのなかで最も優れたホールのひとつ。

2015/ 9/30 10:10

※11番ショートホール(200y)=距離のある池越えのショートホール。池自体には取り立てて戦略的意味はないが、200y以上のショートホールにも関わらず異様にフラットなため、ピンまでの距離感を出しづらい。ホールロケーションにも優れた難易度の高いホールだと言える。

2015/ 9/30 11:21

※15番ミドルホール(435y)=左にドッグレッグするミドルホール。左サイドに隠れた池、フェアウェイ左サイドの鼻バンカー、中央から右サイドに林立している松の巨木群が、このホールの難易度を上げている。霞ヶ浦国際ゴルフコースで、距離と難易度に最もバランスの取れたホール。

 

松の巨木にセパレートされた美しいコースだが、広いフェアウェイの要所要所に配置された、通称 “鼻” と呼ばれるバンカーが、コースそのものの難易度を効果的に上げている。この “鼻バンカー” に捕まれば、ほぼ確実に1打を払うしかない。英国のリンクスコースに見られるバンカー同様、いわゆる「課罰型バンカー」である。故に、極めて “いさぎよいプレーヤー” が育ち易い滋味を持ったコースだと言える。

高低差2mという地形に加え、雄大だが確りと松林にセパレートされている霞ヶ浦国際ゴルフコースを私は、日本一のパブリックコースだと思っている。

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おかだいらゴルフリンクス

茨城県は稲敷郡美浦村に「おかだいらGL」はある。先日たまたま御邪魔する機会に恵まれたのだが、正直なところ少し驚いた。コースに対する失礼を承知で敢えて申し上げれば、思いがけず素晴らしいコースだったのである。

かなりなだらかではあるが丘陵コースに属するコースなのだろう。ゆるやかに打ち下ろしてゆくOUT1番ミドルホールを抜けると、2番ミドルホールからは丘陵林間という風情の、密集した大木にセパレートされたホールが6番ショートホールまで続く。その佇まいは正にフォレスト。このOUTで最も印象に残るのは5番ミドルホールから6番ショートホールにかけてのホールロケーション。高度な戦略性に長けていながら美しいロケーションを持っているという両ホールだが、殊に、5番グリーン後方からセカンド地点を望むロケーションが美しい。

そのoutとINの趣の違いが、また、おかだいらGLの妙だと言える。INに入り、13番ショートホールから14番ロングホール、そして15番ミドルホールにかけては、英国のリンクスコースの佇まいを醸し出している。

2015/ 9/23 15:10

※13番ショートホール。ティグラウンド右からグリーンを望む。

惜しむらくは、恐らくではあるが、近在に住宅が出来たためにOUT8番ミドルホールの改造を余儀なくされたことである。しかし、それでもまだ、全長7000yを擁する「おかだいらGL」はチャンピオンシップコースであり、美浦村に鎮座する隠れた宝石と呼ぶに相応しい戦略性とホールロケーションを充分に兼ね備えている。

 

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憧れの地へ

25年前に思い定めていた。
50歳になった年にイギリスに行こう、と。

目的は二つ。
もちろん一つは全英オープンシニアで賞金を稼ぐことだったが、もう一つの目的は、死ぬ前に一度ラウンドしたいと一種の憧れに似た感情を抱いていた『ロイヤルドーノックGC』というゴルフ場を訪れることだったのであります。
その夢が叶えられ私は、帰国後しばらく経った今でさえ、その感慨に浸っている。
まさに奇跡のコースだった。30年を越えるプロ生活のなか、世界中の幾多のゴルフ場をラウンドして来た私だが、その感動を言葉に表せば、奇跡という言葉しか思い浮かばない。

ロイヤルドーノックGCというゴルフ場の起源は1616年である。日本で言えば江戸時代初期。天下分け目の合戦として有名な関ヶ原の合戦から僅か16年後、すでにこの地ではゴルフがプレーされていたということである。
ゴルフコースとして正式に誕生したのは、その後260年ほど経った1877年。9ホールのゴルフ場として誕生した。そして、その9年後の1886年に、セントアンドリュースのオールド・トム・モリスが18ホールのゴルフ場に拡大したと言われている。
その後、1904年にJ・H・テイラーの意見で大幅に改造され、また1921年には、アメリカのパインハースト・NO2コースの設計者として有名なドナルド・ロスが手を加えたという。
ゴルフ場というのが、このようにコースのレイアウトそのものに手を加えられることで、洗練されたゴルフ場へと進化を遂げる場合があることを、私は始めて知ったとも言える。

結局ロイヤルドーノックが“今の形”になったのは、第二次世界大戦後である。
ジョージ・ダンカンというプロゴルファーがコース改造の指揮を執った。ダンカンは長年に亘りコース改造を指揮したと言われているが、結論として、この最終的コース改造は、当時のロイヤルドーノックGCのグリーンキーパーであるバーブ・グラントが構想したものであり、その構想は、ロイヤルドーノックGCの支配人を1883年から1941年まで務めたジョン・サザーランドのコース改造案が脈々と受け継がれたものだったと言われている。
つまりゴルフコースの改造は、その地を知り尽くした人間の構想が入って初めて、真の成功に辿り着けるということが伺えた。
多くの日本のゴルフ場が、かつて、コース改造に失敗を来たし、つまらないコースレイアウトに変貌を遂げているが、そのゴルフ場を知り尽くした人間達が長年の構想から深い愛着を以て手がけたコース改造には“奇跡が起こる”ということを垣間見たのであります。
因みに1921年にコース改造を手がけたドナルド・ロスも、ジョン・サザーランドに師事をしたコース設計家で、ドーノックという地に生を受けた人物でもあった。

さて、ロイヤルドーノックGCと言えば、世界的に有名なホールを思い浮かべる方も多いはずだ。そう。14番ホール・パー4、通称「フォクシー」ホールである。
スコットランド最果てのロイヤルコース=ロイヤルドーノックGCは、コース設計の、ありとあらゆる要素が凝縮されていると言われているコースだが、その18ホールの中でも、ロイヤルドーノックGC固有の形が「フォクシー」というスタイルでもある。
おいおい、このロイヤルドーノックGCの紹介をしていくつもりだから、ここに「フォクシー」の詳細を述べることは省かせていただこう。

 

『憧れの地へ』写真編→ 合田洋ゴルフアカデミーのブログ

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